不動産取引の本人確認。宅建業者と犯収法
不動産会社で契約業務のデジタル化や本人確認システムの導入を検討している方に向けて、宅建業者に課される犯罪収益移転防止法(犯収法)の取引時確認を整理します。不動産業は店舗・対面が中心のため「eKYCや法改正は非対面ビジネスの話」と受け取られがちですが、2027年4月の犯収法改正は対面の確認方法も変えます。どの取引が法令の対象で、何を・いつまでに・どう変えるべきかを、発注側の判断材料になる形でまとめました。法令確認日は2026年8月23日です。
この記事の要点
- 宅建業者は犯収法の特定事業者です。対象は宅地建物の「売買」の契約締結とその代理・媒介で、賃貸の媒介は犯収法の対象外です
- 2027年4月1日の改正は非対面だけの話ではありません。対面でも本人確認書類の「提示を受けるだけ」の確認は終わり、ICチップ読み取りが原則になります
- 不動産は1件あたりの被害額が桁違いです。地面師型のなりすましを想定すると、売主側の確認には法令の最低線を超えたIC・JPKIの上乗せに合理性があります
- 2027年対応で作るIC・JPKI基盤は、IT重説・書面電子化という契約プロセスのオンライン化と同じ基盤に乗る投資です
犯収法の対象取引: 売買は対象、賃貸媒介は対象外
宅建業者は犯収法の特定事業者であり、対象取引では取引時確認(本人特定事項・取引目的・職業等の確認)、確認記録の7年保存、疑わしい取引の届出が義務になります。システム化の前に最初に押さえるべきは、どの取引がこの義務の対象かという線引きです。
| 取引 | 犯収法の取引時確認 |
|---|---|
| 宅地建物の売買契約の締結 | 対象 |
| 売買の代理・媒介 | 対象 |
| 賃貸借の媒介・管理 | 対象外(犯収法上は) |
賃貸が対象外であることは、本人確認が不要という意味ではありません。入居審査や保証審査として本人確認は当然に行われます。ただし、犯収法が定める確認方法・記録義務の縛りは売買と異なります。つまり「賃貸のオンライン入居申込」と「売買の取引時確認」を同じ要件で設計する必要はなく、この切り分けがシステム要件を過剰にも過小にもしないための出発点になります。要件レベルの違いに応じた方式の選び方はeKYC方式の一覧と選び方が参考になります。
もう一つ押さえておきたいのは、登記を担う司法書士も犯収法の特定事業者として独自に本人確認義務を負うという構造です。売買では宅建業者・司法書士・(融資があれば)銀行と、同じ当事者が複数の主体からそれぞれ確認を受けることになります。自社システムの設計時には、この重複を前提に「自社が負う義務の範囲」を明確にしておくと、過剰な要件を抱え込まずに済みます。銀行側の確認要件は銀行・金融機関の本人確認で整理しています。
2027年4月改正: 対面中心の業界にこそ影響が大きい
2027年4月1日の犯収法改正について、不動産業界で見落とされやすいのは「対面の確認方法も変わる」という点です。
- 対面: 写真付き本人確認書類の「提示を受ける」だけの確認は終わり、ICチップ読み取りが原則になります。店頭・訪問営業でのICリーダーまたはスマホによる読み取りの運用設計が必要です
- 非対面: 書類画像の送信による方式(画像送信型)が廃止され、IC読み取りまたはJPKI(公的個人認証)への移行が必要です。方式の新旧対照は2027年施行後のeKYC方式一覧と移行チェックリストにまとめています
対面への影響を具体的に想像してみてください。営業担当が客先で、スマホを使って運転免許証やマイナンバーカードのICチップを読み取る。この一場面の裏側には、機材(またはアプリ)の配備、読み取りに失敗したときの代替手順、確認記録の自動化まで、店舗業務そのものの設計変更が控えています。単なる「システム更改」ではなく「営業オペレーションの変更を伴うプロジェクト」として計画する必要があります。
特に読み取り失敗時の現場対応は、準備の有無で顧客体験に大きな差が出ます。失敗がカード側・端末側・アプリ側・通信側のどの層で起きているのかを切り分ける診断の考え方はeKYCが失敗する30パターンで解説していますので、現場向けの手順書づくりに活用してください。
地面師型リスク: 法令の最低線に上乗せする価値
不動産固有の論点は、なりすましの被害額が突出して大きいことです。所有者になりすまして他人の土地を売る詐欺、いわゆる地面師による被害は、大手企業ですら数十億円規模の事例があり、偽造された本人確認書類と印鑑証明が突破口になってきました。
ここで判断材料になるのが、確認手段の「強さ」に階層があるという事実です。
- 券面の目視・コピーによる確認は、精巧な偽造書類に対して構造的に弱い方法です
- ICチップの真正性検証は、券面の偽造では突破できないため、偽造に対して大幅に強くなります
- JPKIの署名用電子証明書による電子署名は、暗号学的な本人確認であり、この階層の最上位に位置します
法令が求める最低線を満たすことと、事業リスクに見合った確認強度を選ぶことは、別の判断です。買主側には標準的な確認を適用しつつ、被害が桁違いになりうる売主側(所有者側)の確認にはIC読み取りやJPKIを上乗せする、という非対称な設計には十分な合理性があります。さらに電子契約と組み合わせる場合、マイナンバーカードによる当事者型電子署名が最も強い構成になります。eKYCとJPKIの技術的な違いと使い分けはeKYCとJPKIの違いを参照してください。
電子化の流れと2027年対応は同じ基盤に乗る
不動産取引では、IT重説(オンラインでの重要事項説明)と2022年の宅建業法改正による書面電子化により、契約プロセス自体のオンライン化が進んでいます。プロセスが電子化するほど、対面で「顔と書類を見る」という確認は形骸化し、電子的な本人確認(eKYC・JPKI)との整合が必要になります。
発注側の見立てとして重要なのはここです。2027年対応でIC・JPKIの基盤を作ることは、法令対応のためだけの出費ではなく、電子契約・オンライン取引への移行投資と同じ基盤に乗ります。「法改正対応」と「契約DX」を別々のプロジェクトとして予算化すると二重投資になりやすいため、一つの基盤構想としてまとめて計画することをおすすめします。自社開発とベンダー製品利用のどちらで基盤を持つべきかの分岐はeKYCの費用相場と自社開発・ベンダー利用の判断で整理しています。
発注前チェックリスト
システム発注・更改の前に、次の項目を確認してください。
- 自社の取引のうち犯収法の対象(売買・代理・媒介)と対象外(賃貸)を分け、要件を分けて設計したか
- 2027年4月以降の対面IC読み取りの運用(店舗・訪問での機材、読み取り失敗時の代替手順、記録の自動化)を計画したか
- 売主側の確認に、法令の最低線を超える上乗せ(ICチップ真正性検証・JPKI署名)を検討したか
- 電子契約・IT重説とのプロセス整合を、本人確認基盤と同じ構想に含めたか
- 確認記録の7年保存を満たすデータ設計になっているか
- 司法書士・金融機関側の確認との重複・連携を整理したか
まとめ
- 宅建業者の犯収法対象は売買系(契約締結・代理・媒介)のみです。賃貸媒介は犯収法の対象外であり、要件を分けて設計します
- 2027年4月の改正は対面中心の不動産営業にこそ影響が大きく、店頭・訪問でのIC読み取り運用を今から設計する必要があります
- 地面師型リスクを踏まえると、売主側の確認には法令の最低線を超えたIC真正性検証・JPKI署名の上乗せが合理的です
- 2027年対応の基盤は、IT重説・書面電子化という契約プロセスのオンライン化と同じ投資に乗ります。法改正対応と契約DXを一つの構想で計画してください
- 確認記録の7年保存と、司法書士・金融機関との確認の重複整理まで含めて要件を定義してください
よくある質問
Q. 不動産の賃貸契約でも犯収法の本人確認は必要ですか?
犯収法上の取引時確認の対象は、宅地建物の売買契約の締結とその代理・媒介です。賃貸借の媒介・管理は犯収法の対象外です。ただし対象外であることは本人確認が不要という意味ではなく、入居審査・保証審査としての本人確認は実務上当然に行われます。犯収法が定める確認方法・記録義務の縛りを受けるのは売買系の取引だけ、という整理です。
Q. 2027年4月の犯収法改正で不動産の対面取引はどう変わりますか?
写真付き本人確認書類の「提示を受ける」だけの対面確認が終わり、ICチップ読み取りが原則になります。店頭や訪問営業の現場で、ICリーダーまたはスマホによる読み取りを行う運用が必要になり、機材の配備・読み取り失敗時の代替手順・記録の自動化まで含めた業務設計の変更が求められます。
Q. 非対面の不動産取引ではどの本人確認方式が使えますか?
2027年4月1日以降、書類画像の送信による方式(画像送信型)は廃止され、ICチップ読み取りまたはJPKI(公的個人認証)による方式へ移行する必要があります。契約プロセスの電子化と併せて基盤を設計するのが効率的です。
Q. 地面師対策として本人確認で何ができますか?
確認手段の強度を上げることが対策になります。券面の目視・コピーは偽造書類に弱く、ICチップの真正性検証は偽造に強く、JPKIの署名用電子証明書による電子署名は暗号学的な確認として最も強い階層に位置します。被害額が桁違いになりうる売主側(所有者側)の確認に、法令の最低線を超えてIC読み取り・JPKIを上乗せする設計には合理性があります。
Q. 不動産売買では買主は何度も本人確認をされるのはなぜですか?
宅建業者・司法書士・(融資があれば)銀行が、それぞれ犯収法などに基づく独自の確認義務を負っているためです。同じ当事者が複数の主体から確認を受ける構造になっており、各主体は自らの義務の範囲で確認と記録を行う必要があります。
Q. 不動産会社の本人確認システム導入はどこから手を付ければよいですか?
まず犯収法対象(売買系)と対象外(賃貸)の取引を分けて要件を整理し、次に2027年4月以降の方式(対面IC読み取り・非対面IC/JPKI)を前提に、電子契約・IT重説との共通基盤として計画するのが効率的です。TodoONada株式会社でも、方式選定から開発・運用までのマイナンバーシステム導入支援を行っています。
主な参考資料: 警察庁 犯罪収益移転防止法関係(JAFIC)、警察庁 2026年3月公表の改正Q&A(PDF)、国土交通省 ITを活用した重要事項説明等について
TodoONada株式会社では、マイナンバーカード認証(JPKI・eKYC)を組み込んだWebサービス・スマホアプリの受託開発を行っています。方式選定(JPKI・IC読み取り・画像方式)から開発・運用までワンストップで支援し、犯収法など業種ごとの本人確認要件の整理から対応します。デジタル庁「デジタル認証アプリ」の利用申請・審査対応も書類作成から指摘対応まで伴走します。料金の目安は認証機能組込みプラン150万円〜、認証込みアプリ開発プラン400万円〜、大規模・個別要件は1,000万円〜です。不動産業務のIC読み取り運用設計や電子契約連携のご相談は、マイナンバーシステム導入支援またはお問い合わせからお寄せください。
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出典・参照
- 警察庁 犯罪収益移転防止法関係(JAFIC) (2026年8月23日確認)
- 警察庁 2026年3月公表の改正Q&A(PDF) (2026年8月23日確認)
- 国土交通省 ITを活用した重要事項説明等について (2026年8月23日確認)