eKYC完全マップ2026。用語・方式・実装の全体像
「eKYCを導入したい」と一言で言っても、その中身は書類の確認・顔の照合・電子証明書の検証・審査記録の保存という別々の要素の組み合わせです。しかも2027年4月1日の犯罪収益移転防止法(犯収法)改正で、いま最も普及している方式そのものが使えなくなります。本記事は、eKYC・KYC・JPKIといった用語の関係から、方式の分岐、実装経路の選び方までを、システムの発注・開発の判断に使える解像度で一枚に整理する「全体地図」です。個別方式の実装手順や料金の詳細は各論の記事に譲り、本記事では全体の見取り図と読み進める順序を示します。法令確認日: 2026年8月23日。
この記事の要点
- eKYCは単一の技術ではなく、「書類の確認」「生体の照合」「公的個人認証」「審査と記録」という独立した4部品の組み合わせです
- eKYCは法令上の用語ではありません。犯収法上の「取引時確認」の一部(本人特定事項の確認)をオンライン化する手段の通称です
- 2027年4月1日の犯収法改正で「書類の画像を送信する」方式が廃止され、ICチップ読み取りと公的個人認証(JPKI)に収斂します
- 実装経路はeKYCベンダーのSaaS/SDK、デジタル認証サービス連携、プラットフォーム事業者との直接契約の3系統。どの部品を外部に任せ、どこを自社で持つかが費用と開発範囲を決めます
用語の入れ子構造。eKYCは法令用語ではない
eKYC(electronic Know Your Customer)は、来店や郵送なしにオンラインで完結する本人確認の総称です。最初に押さえておきたいのは、犯収法の条文にeKYCという言葉は登場しないという事実です。法令上の概念は次のような入れ子になっています。
| 概念 | 位置づけ | 中身 |
|---|---|---|
| 取引時確認 | 犯収法が特定事業者に義務付ける確認の全体 | 本人特定事項(氏名・住居・生年月日)に加え、取引目的、職業(個人)や事業内容・実質的支配者(法人)の確認まで含む |
| 本人確認(本人特定事項の確認) | 取引時確認の一部 | 「この人が実在し、申告どおりの人物か」を確かめる部分 |
| eKYC | 本人確認の手段の通称 | 本人特定事項の確認を、オンラインで完結させる方法の総称 |
この入れ子を理解しておくと、発注時に重要な問いを立てられます。「eKYCサービスを契約すれば取引時確認の義務を満たせるのか」という問いです。答えは「満たせない部分が残る」です。eKYCサービスがカバーするのは本人特定事項の確認であり、取引目的・実質的支配者の確認やその後の継続的顧客管理は別途自社の業務として設計する必要があります。ベンダーの提案書を読む際は、「どこまでやってくれる契約なのか」をこの線引きに沿って確認してください。より詳しい用語の整理と「eKYCが廃止される」という誤解の解消はeKYCとJPKIの違いで扱っています。
設計の前提になる区別。身元確認と当人認証
もう1つ、システム設計の前提になる区別があります。
- 身元確認(Identity Proofing): 「この人は誰か」を最初に確かめる工程です。口座開設時のeKYCはこちらに当たります
- 当人認証(Authentication): 「いま操作しているのは登録済みの本人か」を毎回確かめる工程です。ログインはこちらに当たります
行政のガイドラインであるデジタル庁のDS-511もこの2つを分けて保証レベルを定義しており、米国のNIST SP 800-63-4も同じ構造(IALとAAL)を採用しています(NISTは設計の補助線であり、日本の民間取引に直接適用される法令ではない点に注意してください)。
マイナンバーカードに2種類の電子証明書が入っているのは、まさにこの区別に対応するためです。基本4情報が入った署名用電子証明書は身元確認に、個人情報を含まない利用者証明用電子証明書は当人認証に向きます。「口座開設のeKYC」と「毎回のログイン」を同じ仕組みで済ませようとして設計が破綻するケースは珍しくないため、要件定義の段階でこの2つを分けて書き出すことをおすすめします。
eKYCの中身は4つの部品に分解できる
「eKYC」とひとくくりに呼ばれる処理を技術的に分解すると、独立した4つの部品になります。
| 部品 | 役割 | 代表的な技術要素 |
|---|---|---|
| 書類の確認 | 本人確認書類から情報を取り出し、偽造でないか確かめる | OCR(文字抽出)、券面の真贋判定、ICチップ読み取りと真正性検証 |
| 生体の照合 | 書類の顔写真と目の前の人物が同一かを確かめる | 顔照合(1:1)、なりすまし検知(PAD/ライブネス) |
| 公的個人認証 | 電子証明書と電子署名で本人性を暗号学的に確かめる | JPKI(署名検証、J-LISへの失効確認) |
| 審査と記録 | 結果を判定し、法定の確認記録を残す | 自動判定と手動審査、確認記録の7年保存 |
この分解が発注判断に効くのは、部品ごとに「強さ」と「限界」がまったく違うからです。
- OCRは文字を読み取るだけで、偽造そのものは見抜けません
- 顔照合の精度は閾値の設定と撮影条件に左右されます
- ICチップの真正性検証は書類偽造に強い一方、読み取り操作のUXが課題になります
- JPKIは暗号学的に最も強力ですが、マイナンバーカードと暗証番号が必要です
「eKYC対応」を謳う製品でも、どの部品をどの水準で実装しているかは製品ごとに大きく異なります。この観点でベンダーの実装を見極める方法はeKYCベンダー比較を開発者の目で読むで、比較検討時の具体的な確認項目はeKYC選定の20項目チェックリストで解説しています。
方式の地図。2027年4月1日がすべての分岐点
犯収法施行規則は、上記の部品の組み合わせを「方式」として号記号で定めています。現在の主要方式と2027年4月1日以降の関係を整理すると次のとおりです。
| 方式の中身 | 現行の号(2026年8月時点) | 2027年4月以降 |
|---|---|---|
| 書類の画像 + 顔の撮影 | ホ | 廃止 |
| 書類のICチップ + 顔の撮影 | ヘ | 存続(新規則ハ) |
| ICチップ + 銀行口座の照会/振込 | ト | 存続(新規則ニ。画像は不可に) |
| スマホ搭載のカード機能 | ル | 存続(新規則ト) |
| 公的個人認証(JPKI) | カ | 存続(新規則ヌ。事実上の本命) |
いま国内で最も普及している「免許証を撮影して自撮りと照合する」方式(現行ホ方式)が廃止され、画像を送信する確認方法そのものがなくなります。改正後は「ICチップを読むか、電子証明書で署名するか」の二択に収斂する。これが2027年改正の骨格です。
注意したいのは、IC読み取りの対象書類はマイナンバーカードに限らないことです。運転免許証・在留カード・旅券などのIC搭載書類も引き続き使えます。「マイナンバーカードに一本化される」という理解は正確ではありません。
- 号記号の新旧対照と全方式の早見表はeKYCの方式一覧で整理しています
- 施行後に残る方式の詳細と移行手順は2027年施行後のeKYC方式一覧と移行チェックリストにまとめています
実装経路は3系統。費用と開発範囲が変わる
使う部品と方式が決まったら、次は「どの経路で自社サービスに組み込むか」です。大きく3系統あります。
| 経路 | 特徴 | 向いているケース |
|---|---|---|
| eKYCベンダーのSaaS/SDK | 最短で導入可能。従量課金。OCR・顔照合・IC読み取り・JPKIを一式で借りる | 早く立ち上げたい、開発リソースを抑えたい |
| デジタル認証サービス(旧デジタル認証アプリ)とのOIDC連携 | 認証APIは手数料無料。当人認証と身元確認の一部をデジタル庁の基盤に任せる | 継続的なログイン認証まで含めて設計したい |
| JPKIプラットフォーム事業者との契約・組み込み | 自社サービスに深く統合できる。契約・開発の負担は最も大きい | 件数が多い、UXを自社で作り込みたい |
デジタル庁の公表によれば、JPKIを利用する民間事業者は1,306事業者(2026年7月31日時点)、認定プラットフォーム事業者は28者(2026年6月30日時点)まで増えています。もはや先行事例を探す段階ではなく、自社の確認件数・アプリの有無・取得したい情報から経路を選ぶ段階に入っています。
経路選定と費用は表裏一体です。従量課金の単価だけでなく、初期開発費・SDK組み込み工数・運用時の審査体制まで含めた総額の考え方はeKYC導入費用の相場で解説しています。また、方式や経路の選定を誤ったときに何が起きるかはeKYC導入の失敗パターンが参考になります。
発注前に埋めておくべきチェックリスト
全体地図を踏まえて、ベンダーに問い合わせる前に自社で埋めておきたい項目を挙げます。ここが埋まっていないと、提案の比較も見積もりの妥当性判断もできません。
- 自社が犯収法の特定事業者に該当するか、根拠となる業種区分を確認した
- 本人確認が発生する取引の一覧(口座開設・契約・高額取引など)を書き出した
- 各取引で必要なのは身元確認か当人認証かを区別した
- 年間の想定確認件数を概算した(従量課金の試算に必須)
- 2027年4月以降も使える方式を前提に移行先の候補を持っている
- マイナンバーカードを持たないユーザーの受け皿方式を検討した
- 確認記録の7年保存をどこで持つか(ベンダー側か自社か)を確認する予定がある
この地図の歩き方。読む順の目安
本記事はシリーズの入り口です。目的別に、次の順で読み進めることをおすすめします。
- 用語の関係を固めたい: この記事 → eKYCとJPKIの違い
- 2027年対応が目的: eKYCの方式一覧 → 2027年施行後の方式と移行チェックリスト
- 発注・見積もりの段階: eKYC導入費用の相場 → eKYCベンダー比較 → 選定チェックリスト20項目
- 業種別の要件を知りたい: 銀行・金融機関のeKYC、暗号資産交換業のeKYC、不動産業のeKYC、古物商のeKYC
まとめ
- eKYCは法令用語ではなく、犯収法の取引時確認の一部(本人特定事項の確認)をオンライン化する手段の通称です
- eKYCサービスの契約だけでは取引時確認の全部は満たせません。取引目的・実質的支配者の確認や継続的顧客管理は自社業務として残ります
- 中身は「書類の確認・生体の照合・公的個人認証・審査と記録」の4部品に分解でき、部品ごとに強さと限界が異なります
- 2027年4月1日に画像送信型の方式が廃止され、IC読み取りとJPKIに収斂します。ただしIC読み取りの対象はマイナンバーカードに限りません
- 実装経路はSaaS/SDK・デジタル認証サービス・プラットフォーム事業者の3系統。確認件数・アプリの有無・取得したい情報で選びます
よくある質問
Q. eKYCとは何ですか?
来店や郵送なしにオンラインで完結する本人確認の総称です。犯罪収益移転防止法(犯収法)にeKYCという言葉は登場せず、法令上は「取引時確認」のうち本人特定事項(氏名・住居・生年月日)の確認をオンラインで行う手段を指す通称です。技術的には、書類の確認・生体の照合・公的個人認証・審査と記録という4つの部品の組み合わせで構成されます。
Q. eKYCとKYCの違いは何ですか?
KYC(Know Your Customer)は顧客の本人確認・顧客管理の総称で、eKYCはそのうちオンラインで完結させる手段を指します。日本の法令上の義務は犯収法の「取引時確認」で、本人特定事項の確認に加えて取引目的や実質的支配者の確認まで含みます。eKYCサービスの導入だけでは取引時確認の全部を満たせない点に注意が必要です。
Q. 2027年にeKYCは廃止されるのですか?
廃止されるのはeKYC全体ではなく、「書類の画像+自撮り」で確認する画像送信型の方式(現行ホ方式)です。2027年4月1日の犯収法改正以降は、ICチップ読み取り系の方式と公的個人認証(JPKI)が存続します。「eKYC廃止」という表現は不正確で、正しくは「画像送信型eKYCの廃止」です。
Q. 2027年以降はマイナンバーカードがないと本人確認できなくなりますか?
なりません。IC読み取りの対象書類はマイナンバーカードに限らず、運転免許証・在留カード・旅券などのIC搭載書類も使えます。またサービス設計上は、カードを持たないユーザー向けに郵送系や対面の受け皿を残すことが一般的です。
Q. eKYCの身元確認と当人認証はどう違いますか?
身元確認(Identity Proofing)は「この人は誰か」を最初に確かめる工程で、口座開設時のeKYCが該当します。当人認証(Authentication)は「操作しているのは登録済みの本人か」を毎回確かめる工程で、ログインが該当します。マイナンバーカードでは署名用電子証明書が身元確認に、利用者証明用電子証明書が当人認証に対応します。
Q. eKYCを自社サービスに組み込む方法にはどんな選択肢がありますか?
大きく3系統あります。eKYCベンダーのSaaS/SDKを従量課金で使う経路、デジタル庁のデジタル認証サービスとOIDC連携する経路(認証APIは手数料無料)、JPKIの認定プラットフォーム事業者と契約して深く組み込む経路です。確認件数・自社アプリの有無・取得したい情報によって最適な経路が変わります。
主な参考資料: 警察庁 2026年3月公表の改正Q&A(PDF)、金融庁 オンラインで完結可能な本人確認方法の概要(PDF)、デジタル庁 公的個人認証サービス(JPKI)の導入案内、デジタル庁 プラットフォーム事業者一覧、デジタル庁 行政手続におけるオンラインによる本人確認の手法に関するガイドライン(DS-511)、NIST SP 800-63-4
TodoONada株式会社では、マイナンバーカード認証(JPKI・eKYC)を組み込んだWebサービス・スマホアプリの受託開発を行っています。方式選定(JPKI・IC読取り・画像方式)から開発・運用までワンストップで支援し、デジタル庁「デジタル認証アプリ」の利用申請・審査対応も書類作成から指摘対応まで伴走します。料金の目安は認証機能組込みプラン150万円〜、認証込みアプリ開発プラン400万円〜、大規模・個別要件は1,000万円〜です。「うちの本人確認はどの部品をどの経路で組むべきか」という棚卸しからのご相談も、マイナンバーシステム導入支援またはお問い合わせからお気軽にどうぞ。
この記事に関連するサービス
TodoONada株式会社では、マイナンバーカード認証を組み込んだシステム開発を行っています。
- マイナンバーシステム導入支援 — JPKI・eKYC対応の本人確認をワンストップで
導入・開発のご相談はお問い合わせからお気軽にどうぞ。検討段階のご相談も歓迎です。
出典・参照
- 警察庁 2026年3月公表の改正Q&A(PDF) (2026年8月23日確認)
- 金融庁 オンラインで完結可能な本人確認方法の概要(PDF) (2026年8月23日確認)
- デジタル庁 公的個人認証サービス(JPKI)の導入案内 (2026年8月23日確認)
- デジタル庁 プラットフォーム事業者一覧 (2026年8月23日確認)
- デジタル庁 行政手続におけるオンラインによる本人確認の手法に関するガイドライン(DS-511) (2026年8月23日確認)
- NIST SP 800-63-4 (2026年8月23日確認)